StoryZ

阪大生にも、研究者にも、卒業生にも誰しも必ずある“物語”
その一小節があつまると大阪大学という壮大なドキュメンタリーを生み出します。
それぞれのStoryをお楽しみください。

今年9月、竜王戦挑戦者決定戦で羽生善治名人を破り、同時に七段へ昇段。タイトルを懸けた森内俊之竜王との七番勝負では、12月3日、4日の対局に勝利し、4勝1敗として竜王奪取の快挙を成し遂げた。

タイトル戦期間中、籍を置く大学院は一時休学。普段は原書の哲学書を読み込み「人間の背景」への考察を深める。「例えば、食事をする時にどこの店に行くかを決定する能力とは、果たして何に基づくのか、といったことを考えたりしています」

小学4年で新進棋士奨励会に入り、高校3年時にプロ棋士となる。大阪大学文学部へは現役合格。箕面市で一人暮らしをしながら「職場」である関西将棋会館(大阪市福島区)とキャンパスへ通う生活を続けている。

ここ数年、地方への出張が増え、ことに大学院進学後は仕事に費やす時間が増えた。対局以外にも、将棋の普及活動に積極的に携わりだしたことが大きい。プロ棋士とコンピュータが戦う電王戦や漫画などを通して、新しい層のファンが増加。その受け皿を作ろうと、2013年、豊島将之七段、西川和宏五段ら20代の棋士有志でプロジェクト「西遊棋」を発足させた。「将棋って面白そうだなと興味を持ってくださった方たちが、一歩先に進める入り口になれば」と、大盤解説をはじめ、リレー将棋、目隠し将棋、サイン会など、女流棋士も交え各地で多彩なイベントを展開する。ツイッターやフェイスブックでも活動の様子を発信、若手ならではの感覚と発想で、楽しく親しみやすい将棋のアピールに努める。

定跡にとらわれない自由な棋風にファンは多い。「非常にありがたいことです。私の将棋を面白いと思ってくださることが、価値につながる」「イベントなどで子どもさんたちにサインを求められるとうれしい」と笑顔を見せる。

将棋とともに幼少時から読書に親しむ。就学前に漢字が読めたそうで「ミヒャエル・エンデから入り、小学生の時には古本屋通い。星新一、小松左京、司馬遼太郎、高学年になると純文学に手を出して」という早熟ぶりだ。今も推理小説を多く読み、好きな作家は麻耶雄嵩。音楽はロックをよく聞き、ライブハウスにも足を運ぶ。

勝つことへのプレッシャーについては「その世界に身をしずめていると、まひしてくるというか、だんだん当たり前になってくる。大きい一番の時にその感覚が揺れ戻ってくることはあるのですが、流すすべも身に着けている。プレッシャーは盤上では出さない」ときっぱり。同じ広島県出身の升田幸三名人(1918〜1991)の言葉「新手一生」、すなわち「一生涯新しい手を指し続ける」が目標。「自分じゃないと指せないような将棋を見ていただきたい」

●糸谷哲郎(いとだに てつろう)

98年日本将棋連盟・新進棋士奨励会入り。2006年17歳でプロ棋士になる。森信雄門下。06年度新人王戦優勝、新人賞・連勝賞受賞。07年大阪大学文学部入学。11年より同文学研究科在籍。14年竜王戦挑戦権獲得と同時に七段に昇段。同年、竜王獲得により八段に昇段。

(本記事の内容は、2014年9月大阪大学NewsLetterに掲載されたものです)

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