食道がんの新たな免疫指標『イムノスコア』

食道がんの新たな免疫指標『イムノスコア』

腫瘍浸潤リンパ球評価が食道がん治療を変える

2021-8-27生命科学・医学系
医学系研究科助教牧野知紀

研究成果のポイント

  • 食道がんにおいて初めて、腫瘍浸潤リンパ球(Tumor Infiltrating Lymphocyte:TIL)に着目した新たな免疫指標である『イムノスコア』が、術後の生存予後や抗がん剤治療効果の予測に有用であることを明らかにした。
  • さらに治療前の内視鏡生検検体においてTILの評価を行うことで、正確に術前化学療法の治療効果や予後が予測可能であった。
  • 食道がんにおける術後の生存期間および術前化学療法の治療効果予測をより正確に行うことで、今後の個別化医療の確立・治療成績の向上につながることが期待される。

概要

大阪大学大学院医学系研究科の野間俊樹招へい教員、牧野知紀助教、土岐祐一郎教授(消化器外科学)、森井英一教授(病態病理学)らの研究グループは、食道がんにおいて、腫瘍中心および辺縁部の腫瘍浸潤リンパ球(TIL)を定量化する『イムノスコア』が術後の生存予後と強く相関し、さらに治療前の内視鏡生検検体を用いたTIL評価が化学療法の治療効果を正確に予測することを明らかにしました。

がん細胞とがん細胞をとりまく種々の免疫細胞が作り出す免疫環境であるがん免疫微小環境において、TILは腫瘍を攻撃する抗腫瘍免疫の中心的な役割を担うとされています。一般的には腫瘍への免疫細胞の浸潤が多いほど、抗腫瘍免疫応答が起きていると考えられますが、いまだTILを用いた予後予測の評価法は確立されていません。

今回、牧野知紀助教らの研究グループは、食道がん領域においてTILの客観的な評価法である『イムノスコア』と予後との関係に着目しました。食道がんの外科切除標本を用いて、腫瘍中心部と腫瘍辺縁部のTIL中に存在する総Tリンパ球であるCD3陽性リンパ球と、キラーTリンパ球であるCD8陽性リンパ球の組織免疫化学染色をそれぞれ行い、自動計測ソフトウェアを用いてその細胞数・密度を測定・スコア化することでより客観的なTIL評価法を確立しました(図1)。この方法により、イムノスコアが高いほど良好な予後と相関することを示し、正確な術後の予後予測が可能となることが示されました。さらに、治療前の内視鏡生検検体を用いて同様にTIL 密度を組織免疫化学染色にて評価し、(進行食道がんで標準治療である)術前化学療法の治療効果との関連性についても検討しました。その結果、治療前生検検体のCD3、CD8陽性リンパ球密度の高い方が術前化学療法の治療効果が良好であり、予後にも反映するという結果が示されました。

本研究成果により、これらのTIL評価法で食道がん患者さんの予後や治療効果を予測できる可能性が示され、今後、臨床応用によるオーダーメイド治療や、化学療法のみならず免疫チェックポイント阻害薬治療における治療効果予測への発展が期待され、食道がんの治療成績の向上につながる可能性を秘めています。

本研究成果は、米国科学誌「Annals of Surgery」に、2021年7月29日(木)に公開されました。

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図1. 新しい腫瘍浸潤リンパ球(TIL)の評価法(イムノスコア)
食道がんの外科切除標本を用いて、腫瘍の中心部と辺縁部に存在するTIL(CD3及びCD8陽性細胞)の組織免疫化学染色を行い、自動計測ソフトウェアを用いてその細胞数と密度を測定・スコア化する事で、より客観的で高精度な予後予測法を確立した。

研究の背景

近年さまざまながん腫に対する治療としての免疫チェックポイント阻害薬の開発・導入に伴い、がん微小免疫環境の重要性が再認識されてきています。その中でも特にTILは、抗腫瘍免疫において主要な役割を果たしますが、最近TILの新たな評価方法としてイムノスコア (IS; immunoscore)が提案され、主に大腸がん領域で患者の予後と強く相関すると報告されています。しかし、食道がんにおいては、イムノスコアの評価自体の有用性やエビデンスは存在していませんでした。そこで今回、牧野知紀助教らの研究グループは、食道がんにおけるイムノスコア評価の妥当性およびその予後予測における有用性、さらにはTIL評価における術前化学療法の治療効果予測の可能性について明らかにすることを目的としました。

本研究の成果

1. 術前無治療症例の外科切除標本を用いたイムノスコア 評価と予後予測
今回、大阪大学消化器外科および大阪国際がんセンター消化器外科の2施設において術前無治療で根治術を受けた食道がん300症例の切除標本のホルマリン固定パラフィン包埋(FFPE)スライドを用いて、イムノスコア評価法としてCD3抗体CD8抗体についての組織免疫化学染色を行い、腫瘍の中心部と腫瘍周囲の浸潤辺縁部のTIL数について1視野500μm2を複数視野分ソフトウェアを用いて自動計測しました。腫瘍の中心部と辺縁部それぞれTIL数の上位5視野を選択し、5視野の合計TIL数の平均値をもとに症例毎に0から4点のイムノスコアのスコアリングを行いました(図1)。組織免疫化学染色の評価では、CD3・CD8陽性リンパ球ともに中心部よりも辺縁部で発現が多いことがわかりました。さらに、この平均値を用いてイムノスコア評価すると、イムノスコアの分布は0/1/2/3/4=92(32%)/76(25%)/52(17%)/32(10%)/48(16%)でした。イムノスコア(IS)を2群[IS-high(3-4点)群 vs IS-low(1-2点)群]に分けると、2群間でStageを含めた患者背景因子には差は認めませんでしたが、全症例ではIS-high群はIS-low群よりも予後良好な傾向があり、とくに進行症例(Stage II-IV)においてその差が顕著でした(図2)。また、全生存期間の多変量解析ではイムノスコアが独立した予後予測因子となるという結果でした。

2. 治療前内視鏡生検検体でのTIL評価による術前化学療法の治療効果予測
術前化学療法としてDCF(DTX/CDDP/5-FU)またはFAP(5-FU/ADM/CDDP)療法後に根治手術を施行した食道がん146症例の治療前の内視鏡生検FFPEスライドを用いてCD3およびCD8の組織免疫化学染色評価をそれぞれ行いました。TIL評価法に関しては、複数個の生検腫瘍検体中の全てのTIL細胞数を自動計測し、総腫瘍面積あたりのTIL密度(/μm2)を算出、中央値でCD3、CD8陽性リンパ球high群、low群に2群化しました。化学療法の奏効例(n=71、組織学的Grade2-3)は非奏効例(n=75、Grade0-1b)と比較して、CD3陽性およびCD8陽性リンパ球数が多いことが分かり(図3)、CD3・CD8陽性リンパ球密度はそれぞれ治療効果の独立した予測因子となりました。とくにCD3陽性リンパ球密度に関しては全生存期間の多変量解析において独立予後予測因子であることも分かりました。

以上のことから、食道がんの術前無治療症例での外科切除標本においてはイムノスコアにより術後の予後予測が、治療前内視鏡生検検体においてはTIL密度の評価により術前化学療法の治療効果・予後予測が可能となることが分かりました。

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図2. 外科切除標本を用いたイムノスコア(IS)と予後
イムノスコアが低いlow群(スコア0-2点)に比べて、イムノスコアが高いhigh群(スコア3-4点)の方が、予後が良好であり、特に進行症例(StageⅡ-Ⅳ)でその差は顕著であった。

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図3. 治療前内視鏡生検検体を用いたTIL評価と治療効果予測
CD3陽性およびCD8陽性リンパ球ともに、治療前内視鏡生検腫瘍中の細胞数の密度が高いほど、術前化学療法の治療効果の奏効例が多いという結果であった。

本研究成果が社会に与える影響(本研究成果の意義)

本研究での知見により、食道がんにおける新たながん免疫微小環境の評価法を確立し、それが正確な予後・治療効果予測につながることが分かりました。さらに治療前の内視鏡生検検体を用いて治療効果予測することで、患者さん個々のオーダーメイド治療の確立に大きく貢献し、最終的には食道がん全体の治療成績の改善につながるものと期待されます。

特記事項

本研究成果は、2021年7月29日(木)に米国科学誌「Annals of Surgery」(オンライン)に掲載されました。

【タイトル】 “Immunoscore Signatures in Surgical Specimens and Tumor-Infiltrating Lymphocytes in Pretreatment Biopsy Predict Treatment Efficacy and Survival in Esophageal Cancer”
(Ann Surg. 2021 Jul 29. doi: 10.1097/SLA.0000000000005104. )
【著者名】 Toshiki Noma1, Tomoki Makino1†, Kenji Ohshima2, Keijiro Sugimura3, Hiroshi Miyata3, Keiichiro Honma4, Kotaro Yamashita1, Takuro Saito1, Koji Tanaka1, Kazuyoshi Yamamoto1, Tsuyoshi Takahashi1, Yukinori Kurokawa1, Makoto Yamasaki1, Kiyokazu Nakajima1, Eiichi Morii2, Hidetoshi Eguchi1, Yuichiro Doki1.
【所属】
1. 大阪大学 大学院医学系研究科 消化器外科学
2. 大阪大学 大学院医学系研究科 病態病理学
3. 大阪国際がんセンター 消化器外科
4. 大阪国際がんセンター 病理部
†責任著者

DOI: 10.1097/SLA.0000000000005104.

用語説明

腫瘍浸潤リンパ球

Tumor Infiltrating Lymphocyte(TIL)。主に腫瘍に浸潤するリンパ球のことであり、腫瘍免疫の中心的な役割を担うと言われている。

術前化学療法

手術の前に抗がん剤治療を行うこと。腫瘍を小さくしてかつ微小転移を撲滅することでより長期の生存が得られることが分かっており現在進行食道がんにおいての標準治療となっている。

がん免疫微小環境

がん細胞をとりまく種々の免疫細胞とがん細胞の生体反応が作り出す、正常組織とは異なる免疫環境のこと。

CD3陽性リンパ球

腫瘍免疫の中心であるTリンパ球には様々な機能を持った細胞分画が存在するが、そのほとんどの細胞膜上にはCD3抗原が発現しており、CD3陽性リンパ球とはTリンパ球全体のことを指す。

CD8陽性リンパ球

主にがん細胞やウイルス感染細胞などを攻撃する細胞障害性T細胞(キラーTリンパ球)のことを指し、細胞膜上にCD8抗原を発現しているリンパ球。

免疫チェックポイント阻害薬

がん細胞は、がんを攻撃する免疫系から逃避し生き延びるために、免疫チェックポイント分子による免疫抑制機能を持っている。免疫チェックポイント阻害薬はその分子に結合して、免疫抑制のシグナル伝達を阻害することで、免疫から逃避できないように働く。

CD3抗体

Tリンパ球の細胞膜に発現しているCD3抗原に結合する抗体で、組織免疫化学免疫染色を行う事によりとCD3陽性リンパ球の細胞膜が染色され可視化される。

CD8抗体

キラーTリンパ球の細胞膜に発現しているCD8抗原に結合する抗体で、組織免疫化学免疫染色を行う事によりとCD8陽性リンパ球の細胞膜が染色され可視化される。

多変量解析

複数の変数に関するデータをもとに、これらの変数間の相互関連を分析する統計的技法の総称。

組織学的Grade

がんの主病巣の病理学的治療効果判定法で、食道がん取り扱い規約(第11版)に準じて、化学療法など治療により遺残した腫瘍の割合別に5段階のGradeで分類されている( Grade0/1a/1b/2/3 )。