StoryZ

阪大生にも、研究者にも、卒業生にも誰しも必ずある“物語”
その一小節があつまると大阪大学という壮大なドキュメンタリーを生み出します。
それぞれのStoryをお楽しみください。

■人生経験を踏まえて役と向き合う

 「本当に幸せ。こんなにたくさんの方々が見に来て下さっているんだ、ということに毎公演、感動します」。いとおしそうに2階席まで目線を配り、何度もお辞儀を繰り返す。2022年12月初旬、JR大阪駅からほど近い大阪四季劇場。『オペラ座の怪人』の公演終了後、鳴りやまないカーテンコールに応える藤原さんの姿があった。

 21年2月、この作品のアンサンブル(主役級以外の役)で初舞台を踏み、翌年にクリスティーヌ役のデビューを果たした。

 劇団四季が『オペラ座の怪人』を初めて上演したのは1988年。仏作家ガストン・ルルーの同名小説を基に、19世紀のパリ・オペラ座に住む〝怪人〟が歌姫クリスティーヌにかなわぬ恋をする物語。アンドリュー・ロイド=ウェバーの重厚な音楽と荘厳な舞台美術が調和し、世界40カ国で上演されてきた大ヒットミュージカルだ。

 藤原さん演じるクリスティーヌには、リアリティーが宿る。コーラスガールを務める序盤はどこか不安げに。怪人から歌を教わる場面は美しい旋律にうっとりとした表情を浮かべ、音楽を愛する心が伝わるよう。圧巻は、怪人に恋人ラウルを捕らわれるラストシーン。恐れを乗り越え、強い意志を持つ女性へと成長する心の変化を細やかに表現する。

 大切にしているのは「これまでの人生経験を踏まえて役と向き合う」ことだという。「クリスティーヌならこうするはずと頭で考えると、役の真実味が薄れてしまう。喜ぶという動作一つにしても、自分の心を本当に動かして表現したいんです」。

■「なぜ私は日本人?」 葛藤を乗り越えた舞台との出会い

 藤原さんの原点は、海外で生まれ育ったルーツにある。

 転勤族だった父の仕事の都合で、生まれたのはマレーシア。6歳まで過ごし、小学1年から中学1年の終わりまでは米テキサス州で暮らした。わずか3歳でバレエを習い始めたのは、「自分を見失わないよう、どの国でも通用する表現を身につけてほしい」という母の願いから。米国ではスクールに通ってジャズダンスやヒップホップ、タップダンスと表現の幅を広げた。

 中学2年で帰国し、大阪に住み始めてからアイデンティティーの危機に陥った。海外育ちの転校生に、同級生たちは「英語教えて」と興味津々。歓迎ムードに助けられた一方で、日本特有の「空気を読む文化」になじめなかったという。「アメリカでは『私はこう思う』と自己主張するのが当たり前でしたが、日本では目立ってしまう。初めはアメリカに帰りたいとばかり思っていました」。日本語で自由に自己表現できないのも悩みだった。

 救ってくれたのは、「舞台」。帰国後ほどなくして、バレエを続けながら地元の児童劇団に所属し、さまざまな英語劇に出演した。「趣味で弾き語りをしていた母の影響もあって、歌うことも大好きで。ミュージカルなら、歌いながら踊れる。自分の好きなことが融合した世界の楽しさを知ったんです」。

 さらに劇団四季との出会いが運命を変える。母に連れられて見た『コーラスライン』京都公演で「日本語の美しさや繊細さ」に驚かされた。「ストーリーは知っていたけれど、日本語だからこそ伝わるニュアンスがあるんだと気づかされました」。一時は「なぜ私は日本人なの?」とまで頭をよぎったという藤原さんが、日本語によるミュージカルの魅力を知った瞬間だった。

 あの舞台に立ちたい。新たな夢が生まれた藤原さんが進学先に選んだのは、大阪大学人間科学部の英語コース。芸術系の大学を選ばなかったのは意外に思えるが「本当に自分が俳優になれるのかという不安もあったし、視野を拡げたくて芸事以外の知識も身に付けたいと考えました」と振り返る。大学生活を楽しみながらも、舞台への想いは日に日に募っていった。「やりたい気持ちがあるのなら挑戦してみなさい」。大学3年の時、指導を受けていた声楽の講師に背中を押され、劇団四季研究所のオーディションを受験。見事、一回で合格を勝ち取った。以来大学は休学しているが、大学で得た社会学や心理学などの学び、友人たちはかけがえのない財産になったという。

■初舞台で先輩俳優たちから「一輪のバラ」

 劇団四季の配役は基本的にオーディションで決まり、実力がなければ出番は巡ってこない。専門的にクラシックの歌唱法を学んだことのない藤原さんは、『オペラ座の怪人』を「縁のない作品」と思い込んでいた。だが地道な努力でアンサンブルの出演機会を得た後、発声練習で少しずつ音域を広げ、思い切って挑戦したクリスティーヌ役のオーディションに見事合格した。

 初舞台の思い出は今も鮮明だ。「夢がかなった」という実感がわいたのは、カーテンコールの時。終演後、先輩たちから一輪のバラを「初舞台おめでとう」と渡され、「なんて温かいカンパニーなんだろうと感動した」と声を弾ませる。

 クリスティーヌという憧れの大役を射止めて、もうすぐ1年。大阪四季劇場での『オペラ座の怪人』は23年8月に千秋楽を迎える。目標は、劇団四季創立メンバーでもある名優・日下武史(故人)のような「『演じる』というより、『そこにいる』だけで役として成立する俳優」。同じ舞台は1日もない。「昨日やった公演を追わずに、成長して前に進めるように。毎公演がトライです」。夢追うヒロインの挑戦は始まったばかりだ。

「演じる」より「そこにいる」

■藤原 遙香(ふじわら はるか)

 マレーシアと米国で育ち、中学生の時に帰国。幼少期からクラシックバレエやジャズダンス等のレッスンを重ねる。大阪大学人間科学部在籍中の2019年に劇団四季研究所に入所し、21年2月、『オペラ座の怪人』のアンサンブルで初舞台。22年3月から同作のクリスティーヌ役を演じる。ミュージカル『オペラ座の怪人』は大阪四季劇場で23年8月27日まで上演。
https://www.shiki.jp/


(本記事は、2023年2月発行の大阪大学NewsLetterに掲載されたものです。)


share !